コミュニティを探る

新しい時代のコミュニティを探る

インターネットとコミュニティワーク

 

―――はじめに―――

時代の流れと共に人々の価値観というものは変わってくる。本来日本人が持っていた、お陰様、お互い様などという対人関係に使われていた言葉はあまり使わなくなってきた。人と人との関係が軽薄になってきたということであろう。結果としての地域との関わりも軽薄になってきた。ところが、その反面、インターネット等の普及により、バーチャルな世界での人とのつながりは強くなってきた感じがする。自殺系サイトには人々が集まり、集団自殺を決行する人々がいる反面、同じ境遇の人との出会いで自殺をとどまった人々も多くいるようである。
新しい時代での人とのつながり、新しいかたちでのボランティア活動や寄付について考えてみたい。今回の寄稿は、つまみぐいで、結論の出るものではない。

―――お陰様、お互い様の人とのつながり―――

「お陰様」という言葉は、「お陰」に「様」をつけ丁寧にした言葉である。「お陰」というのは、他人から受ける利益や恩恵を意味する。一方、「お互い様」という言葉は、相手も自分も同様の関係・立場にあることを意味する。
どちらの言葉も人と人との関係によって成り立つ。
この「お互い様」が地域で表されたのが「結い」という相互扶助の考え方である。「結い」とは、田植や稲刈り、屋根ふきや家の普請などにおいて、地域社会内の家相互間で行われる対等的な労力交換・相互扶助のことである。
「結い」についてもう少し考えてみたい。「結い」の基本的な考え方は、労力交換・相互扶助ということであって、同じ地域で同じ環境の場合によって成り立つ。現代社会に置いて、その地域に住むだけで、職種も生活価値観も多様な時代にあって、「結い」は成立しないことになるのではないだろうか。

―――集団・共同体の分類整理(対概念)―――

では、人々が集まるという集団、共同体についてどういうものなのか整理してみたい(未整理ではあるが図にまとめる)。
まず、F.・テンニエスの考えたのが、二つの意志があるという対概念である。それは、本質意志と選択意志の存在があると説いている。本質意志とは、愛情・血縁などにみられる共同体(社会)であり、選択意志とは、利害・打算・理性などにみられる共同体(社会)である。
C.H.クーリーは、第一次集団と第二次集団という対概念を説いた。つまり、第一次集団とは、フェイス・トウ・フェイス(face-to-face)の直接的な相互作用にかわした親密な集団で、第二次集団とは、間接的な相互作用を特徴とする派生集団ある。
コミュニティとアソシエーションという対概念を説いたのがアメリカの社会学者R. Mマッキーバーである。コミュニティは同じところに住む、同じようなライフ・スタイルをもつ集団であり、アソシエーションは共通の利害関係に基づいて人為的につくられる集団のことである。
サムナーは、対概念を内集団と外集団という表現をした。内集団とは親族・隣人などの献身や愛情の対象愛着の集団であり、嫌悪や軽蔑、敵意の対象となる集団を外集団と説いた。
最後に日本人の高田保馬による対概念である。高田保馬によれば、基礎社会は、「血縁や地縁といった基礎的・自然的な直接的紐帯によって結合した社会。これは家族・部族・部族同盟などの血縁集団と、村落・都市・国家などの地縁集団に分けられる」。派生社会は、「血縁や地縁といった自然的紐帯ではなく、類似や利益といった派生的紐帯による人々の人為的な結合から成り、したがって、そこでの関係は一面的・間接的である。

―――町内会・自治会という組織―――

「結い」という相互扶助組織が衰退した現代の類似組織として町内会・自治会があると筆者は考える。ところがその町内会・自治会も相互扶助組織として活動しているところはまれである。ただ、その地域に住む人たちの集団に過ぎないのである。ベース集団系からステップ集団系(関心を持った意識的集団)への移行が必要だと考える。

―――コミュニティアクション―――

ベース系集団からステップ集団への移行を考えた場合、なんだかのアクションを起こす必要があると考える。そのアクションを説いたのがポプリンである。ポプリンは、コミュニティ・アクションの特徴を3つあげている。
① 問題解決や具体的目標の達成を強調すること。
② 地方の住民や集団の自発的参加を求めること。
③ 民主的な方針を志向すること。

―――民生児童委員―――

民生委員とは、それぞれの担当地域において、一人暮らしや寝たきりの高齢者の方等への援護活動をはじめ、生活上の様々な問題を抱えている人の相談・援助にあたり、民生委員は、民生委員法により厚生労働大臣が委嘱する。一方、児童委員とは、児童問題に関わる様々な行政機関、児童・青少年育成者・学校関係者と協力し、地域において子どもが健やかに育つ環境づくりや子育てのための相談・援助にあたり、児童福祉法により民生委員が、児童委員に充てられる。
このように法律に守られた民生児童委員が地域の核となってコミュニティアクションをすることが重要だと考える。ただ、従来の民生児童委員は、対人関係の要素が強いので、地域という視点にシフトする必要性があると考える。

―――インターネット上の集まり―――

インターネット上では同じ趣味を持つ仲間や悩みを持った仲間が集まったサイト(個人や企業、団体などが管理・運営する一連のホームページ)が無数にある。ピアグループと呼ぶことが出来る。このピア(Peer)とは「仲間」という意味だ。殺伐とした現代社会において、お互いが自由に話し合え、サポートし合える人とのつながりは、とても大切で、自然なかたちでのピアカウンセリングが行われている。ピアカウンセリングの良さは、グループ間で、自分の経験などを対等な立場で同じ仲間として行われるカウンセリングで、仲間からサポートされていると感じ空間に居ることで、効果的に援助し合ったり、悩みの解決につながったり出来る。お互い様という感覚がここにはある。
ただ、インターネットの匿名・匿顔性(相手の顔も名前も分からず、存在自体が架空な場合もある)が問題になる場合もある。その反面、匿名・匿顔性により本音でのコミュニケーションが行われているケースもある。
さて、問題になっている自殺系サイトだが。確かにネットで知りあって集団自殺などというケースもあると思う。しかし、その反面、自殺系サイトで自殺をとどまったという人も多いようである。詳細の内容については、今後の研究課題とする。
上記のようにインターネット上は、ステップ系集団であり、マッキーバーのいうアソシエーションが出来ている。ネットアソシエーションとでも呼べるのではないだろうか・・・

――インターネット上のコミュニケーション――

インターネット上の集団では、どのようなコミュニケーション方式があるのだろうか?(正式には、インターネットではなく、IT(Information Technology)情報通信技術ということなのかもしれないが、親しみやすいインターネットということばに置き換える。)
情報発信系でまとめた、ホームページやメールマガンジンと呼ばれるものは、イメージ的には、一方通行的なものである。
メールマガジンとは電子メールを使って創刊する雑誌のことで、メールアドレスを登録すると、メールマガジンが購読者宛に電子メールで送られてくるという仕組みだ。雑誌だけではなく、電子回覧板としての利用も可能である。
一方、交流系のコミュニケーションには、掲示板やメーリングリスト、ブログと呼ばれるものがある。いろいろと仕組みはつくれるが、双方通信的な色合いが濃いといえる。
総務省の調査によるとSNSは、急速なのびを示している。
どの方式も不特定多数に発信する方法とID・パスワードを利用して会員限定という仕組みをつくることができる。特長としては、24時間稼働し、瞬時にそして手軽にコミュニケーションが図れる。
加えるのならば、インターネットやメールは、障害も年齢も性別も国籍も関係なく楽しむことが出来るバリアフリーの道具でもある。

―――アメリカと比べ少ない家計の寄付―――

総務庁「家計調査年報」(1999年)によると、1世帯当たりの寄付金額(寄付をしていない世帯を含む)は、1999年の1年間で3,200円となっている。また、同「単身世帯収支調査年報」(1999年)によると、単身世帯では 2,900円となっている。全国の世帯で支出された寄付金額は1500億円程度に達する。
一方、インディペンデント・セクター(1999年)によると、98年のアメリカでは、1世帯当たり754ドル(98,800円、131.02円/ドル、寄付をしていない世帯を含む)となっており、我が国の30倍を超えている。また、アメリカ募金協議会(2000年)によると、個人の寄付金額は、99年に1437億ドル(16兆4千億円程度、113.94円/ドル)にのぼっている。

―――我が国における寄付の感覚―――

国民の意識として、純粋な社会貢献の意識だけではなく、付き合いの意識や強制感が強いことがうかがえる。
99年6月~2000年5月の1年間に寄付をした人の動機は(複数回答)、「町内会の付き合いの一環として」が53%と最も高く、次いで「困っている人の役に立ちたいと思ったから」が41%となっている。「社会の役に立ちたいと思ったから」は20%であり、「職場の付き合いの一環として」の17%をわずかに上回る程度となっている。(経済企画庁2000年国民生活選好度調査)
また、「共同募金とボランティア活動に関する意識調査(第2次)」によると、共同募金に寄付した際、「強制感を感じた」人の割合は11%となっており、10人に1人が強制感を感じている。

―――マスコミにみる寄付の形態―――

テレビ朝日系で放映された「奇跡の扉テレビのチカラ(2005.6.27)“私は生きていたい命のSOS”」本田裕美さん(17歳)は「拡張型心筋症」を患い、入院治療中。しかし、彼女の心臓は、日々その機能を果たせなくなっています。2005.7月中に渡米して心臓移植を受けなければ、命の保証はない…と宣告されています。その渡米にかかる費用9500万円が必要だ(放送時点で5500万円が集まっていた)。
という内容で、番組が寄付を募った。方法は、ダイヤルQ2方式と口座に振り込む方法だ。ダイヤルQ2方式というのは、1通話で300円の寄付が出来る仕組みである。
6月27日放送から7月5日0時までで、寄付総額*裕美さんを救う電話募金 8150万円 *裕美さんを救う会 寄付口座 3300万円 この期間で1億1千450万円が集まった。
テレビ朝日では、ダイヤルQ2を使った募金活動を他にも行っていた。平成16年10月25日から平成16年11月24日まで「ドラえもん募金新潟中越地震」、16年12月28日から平成17年1月31日まで「ドラえもん募金スマトラ沖大地震被災者支援」などである。
「私は生きていたい命のSOS」は短期間でかなりの金額を集めたことになる。
下記の5つが特長としてあげることが出来る。
1.寄付金の使い方がはっきりとしている。
2.身近に感じられる(スマトラ支援金が少なかった)。
3.寄付の方法が容易に出来る。
4.募金目標金額がある(私は生きていたい命のSOSの場合)。
5.募金額の開示

―――インターネットによる寄付の形態―――

最近では、インターネットなどを利用した寄付も増えている。
NPO応援ポータルサイトのGambaNPO.netは、新しい時代の寄付を提案提供している。このポータルサイトに紹介された寄付先は、Gambaが厳選したもので、寄付をすればGambaを通して、活動レポートが電子メールで送られてくる。
現在37団体50本のプロジェクトの寄付先が登録されている(2005.8)。このサイトで自分にあった寄付を探すことが容易に出来る。また、寄付の方法も選ぶことが出来る。ジャパンネット銀行振込・クレジットカード・郵便振替/銀行振込などで手続きも簡単だ。
また、インターネットの特長をいかしているのが、「クリック募金」と呼ばれるものだ。DFFが主宰するクリック募金は、サイト上の募金ボタンをクリックするだけで、無料で募金ができる仕組みだ。寄付は、スポンサー企業が行う。クリックは1円で、現在8サイトがあるので1日に1クリックずつすれば8円ということになる。
ネットショッピング感覚で、寄付が手軽に出来る。
下記の4つが特長としてあげることが出来る。
1.自分で寄付先を選ぶことが出来る。
2.手軽に寄付が出来る。
3.少額(無料)の寄付ができる。
4.経過や事後報告の充実。

―――寄付を集めるために―――

改めて寄付の原則を考える必要がある。つまり大切なのは、自己決定ということである。マスコミの寄付の形態・インターネットの寄付の形態からもはっきりと分かる。
目的のはっきりとした寄付が求められている。そして、身近ということが大切である。この身近というのは、物理的な距離だけではなく、心の距離というものを無視することは出来ない。つまり寄付する側の心に訴えるということである。
更に忘れてはならないのが、事後報告ということである。ホームページ等を利用しての情報開示を忘れてはならない。
「付き合い寄付」や強制感を与える寄付活動をしてはならないと強く感じる。

――新しい時代の地域活動とインターネット――

インターネットの集まりと寄付についてまとめてみた。人と人のつながりが軽薄になったといいながらインターネット上では、24時間人々が集まり、交流をしている。日本人には、寄付の精神が薄いといわれながら、インターネット上では、瞬時に寄付が集まることがある。このことは、地域での活動をする場合のヒントになるのではと考える。
地域での人と人のつながりが軽薄になった要因として、多種多様な生活感という精神的な部分と職業・行動時間の多様化という物理的な部分がある。つまりこのことによって自然と地域とのかかわりが薄くなってきた。地域とかかわることは、違いの壁を乗り越えるパワーが必要になってきたと推測する。
インターネットの特長を生かし、地域でうごくネットコミュニティをつくることが大切だと考える。
バーチャルの世界との否定も多いが、バーチャルの世界であったとしても管理するのは人間である。この管理者は大変重要である。現実のコミュニティも理解し、ネット上のコミュニティとの融合を図らなければならない。筆者は、コミュニティワーカーがその役割を持つのではないかと考える。それは、社会福祉協議会職員などではなく、その地域に住む住民からうまれるものだと考えている。現制度にあっては、民生児童委員がその役職に近いのではないかと感じている。
また、筆者の仮説だが、ネット上のコミュニティへの参加者は、現実のコミュニティに参加する(参加しやすい)のではないかと考える。
・おいしいラーメン屋がテレビで放送された場合など近くなら行ってみたいという気持ちが生まれるのではないだろうか。
・掲示板などでのコミュニケーションの結果、心が近づいたという気持ちになり、現実に会ってみたい。活動してみたいという気持ちになるのではないだろうか?
・ネット上では、情報が豊富なので、違いの壁を超え、共通点を見つけやすいのではないだろうか?
もちろん筆者の感覚だけの空想なのかも知れない。

―――まとめ―――

相互扶助というイメージは、やはり「お互い様」という、相手との共通点からうまれるものである。「恩返し」的イメージか強い。つまり「恩」がなければ返すことはないということになってしまう。
筆者は、江戸時代にあった「ご恩送り」という風習に注目したい。
この「ご恩送り」というのは、誰かから親切を受けたら、これを、親切を受けた誰かに返すのではなく、他の人に渡していくということだ。恩のサイクルということになる。
江戸時代は生活が苦しく、大店(おおだな)から援助を受けた小僧が、商いに成功し、これを世話になった大店に返すのではなく、貧しい子どもたちに援助していくという仕組みがあったと聞く。この頃の江戸は、100万都市になっていて、一日のあちらこちらで「ご恩送り」が行われていた。想像すると、江戸は、毎日、親切の嵐が吹き荒れていたのかもしれない。
「恩返し(す)」というのは、それで終わってしまうが「送る」というのは、循環することになるのではないだろうか?
確かにこの時代は、向こう三軒両隣ということで、助け合って生きていた時代ではあった。
あきらかに自然発生しない、ステップ系集団である、ネット上のコミュニティは、実際のコミュニティと連携するべき可能性をもっていると強く感じる。
インターネットは、グローバル的なイメージがあるが、地域に限定した情報発信をすることで人々を結びつける力があると・・・さらに空想をひろげペンを置きたいと思う。

 

参考文献
1.平成12年度厚生白書
2.テレビ朝日厚生文化事業団
3.社会学小辞典(有斐閣)
4.コミュニティ論 倉沢進著(放送大学振興会)
5.経済企画庁2000年度国民生活選好度調査

2006.2

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